- プロジェクトストーリー
- IP無線機と簡易無線機、
両方の良さを兼ね備えた、
業界初の
ハイブリッド機を開発
幾多の困難を乗り越えて、
業界初のハイブリッド機『IP700』を世に送り出すまでに至った、
プロジェクトメンバーたちの奮闘の日々を追った。
Project Members
- O.Mさん
- 機種開発メンバー
第3設計部 業務機2課 - 2017年入社。入社後、第6設計部に配属。その後、現在の部署に異動。既存の海外向け業務ハンディ機のバージョンアップを目的とする設計業務に携わり、無線機の知識や設計スキルを養ってきた。
- I.Hさん
- 機種開発リーダー
第3設計部 業務機2課 - 1987年入社。入社以来一貫して設計業務に携わり、アマチュア無線機、航空機用ハンディ機・モービル機などにおいて数々の「業界初」を成功に導く。現在は、主に海外向け業務ハンディ機の開発を担う部署に所属。
- U.Tさん
- ソフトウェア開発リーダー
第1ソフト設計部 ソフト設計1課 - 2001年入社。入社以来一貫して、海外業務用無線機のソフトウェア開発を担当。ソフトウェア担当が製品そのものの仕様決めから関わることのできる、アイコムの開発プロジェクトで経験を重ね、実力を磨いてきた。
01アイコムならではの強みをベースに、
それぞれの思いを乗せて開発プロジェクトが始動
アイコムは業界に先駆けて、IP無線機を開発。以来、全国どこでも通話可能で、かつ高音質なアイコムのIP無線機は高い評価を受け、公共交通機関のお客さまを中心に広く普及している。しかしその一方、LTE回線が切れた際、通信不能になるという懸念点が残っていた。「ならば、IP無線機と、アイコムのもともとの得意分野である簡易無線機を一つにした機種を開発すれば、その懸念点を払拭できるのではないか」。そうした発想が、開発プロジェクトの出発点にある。
簡易無線機をつくっているメーカーで、IP無線機をつくっている会社はない。また、LTE回線を使用したIP無線機をつくっているメーカーで、簡易無線機をつくっている会社はない。そこにIP無線機と簡易無線機の両方の技術を持ち合わせ、かつ、あらゆるジャンルの無線通信機器を手がけているアイコムだけの強みがある。かくして業界初となる、ハイブリッド機『IP700』の開発プロジェクトが動き出した。
機種リーダーを任されることになったI.Hは、当開発プロジェクトの話を受けた時、すぐに懸念点を頭に浮かべた。「これまでと同じくらいのサイズの筐体内に、二つのものを納めることは難しいのではないか」と。その一方で入社以来、新しい発想でいくつもの業界初の開発を手がけてきたI.Hは、今回も必ず懸念点をクリアできるはずだとも考えていた。
そんなI.Hのもと、機種の開発に携わることになったのはO.Mだ。「当時、私は入社3年目。それまではゼロからまったく新しい機種の開発に携わったことはありませんでした。それだけに、どんな経験ができるかと期待が膨らみました」。
ソフトウェア開発リーダーを任されたU.Tも期待感を高めていた。「ソフトウェア的にIP無線機と簡易無線機を無理なく一緒にできるか、少なからず不安はありました。しかし、それよりも業界初の製品に携われることに大きな喜びを感じました」。
02「二つの無線機を、一つの筐体に納める」
徹底した省スペース化でこの難題に挑む
開発の主体に据えるのは、IP無線機なのか、簡易無線機なのか。最初にプロジェクトメンバーが認識を合わせたのは、この前提条件の部分だった。話し合った結果、出した答えは、「あくまでもIP無線機が主体で、LTEがダウンし、使えなくなった時にこれまで通りの簡易無線機としても使えるもの」。そのため、まずはIP無線機の良さを前面に出して、かつ、バックアップとして使える簡易無線機をうまく融合させようという考えで、方針がまとまった。
この方針のもと、機種リーダーのI.Hがまず挑んだのは、最初の懸念点、一つの筐体に二つのものを納めるための省スペース化だ。「どうしようかと思っていたところ、その頃ちょうど、ダイレクトコンバージョン方式という技術を採用したデバイスが業界で用いられはじめていて……。この方式を使うと、かなりの省スペースで簡易無線機部分の受信装置を実現できることがわかりました」。
早速、I.HとO.Mは、模型をつくり、部品の配置をしてみるなどの検討を開始。その結果を踏まえ、無線機の受信回路部分をダイレクトコンバージョン方式に置き換えることで、回路量の大幅削減を実現した。また、部品選定を任されたO.Mは、さらに省スペース化を進めるべく、信号を流すための同軸ケーブルについても、既存のものより細いものを探索し採用した。
一方、ソフトウェア開発リーダーのU.Tは、IP無線機、簡易無線機の二つの無線機がどういうマイコンで動いているのかを検証。その結果、この二つを単純に合わせると部品が増えてしまい、やはり筐体に納まらないことが改めてわかった。「ソフトウェアの視点から部品を減らす必要がありましたが、むやみに減らすのではなく、二つの無線機それぞれの性能を最大限出すべく、ギリギリを狙うことに難しさがありました。また、無線機はどんな機種でも発売後、お客さまの追加要望などに対応してバージョンアップしていきます。そうした先の開発も見据えた上でマイコンを選定しました」。
03技術のブレークスルーは、
絶対不可能に思える壁を越えた先にある
開発プロジェクトのプロセスで、機種開発リーダーのI.Hとソフトウェア開発リーダーのU.Tが最もせめぎ合ったポイントがある。それは消費電力の問題だ。「待ち受け時の消費電力が大きく、バッテリーの消費が早いのが大きな課題に。しかし、回路ブロックは、大半が購入品のモジュールやダイレクトコンバージョンデバイスなどで組み上げており、主要デバイス単品の特性に依存しているため、ハードの方で消費電力を下げることはできません。そこで、コンピュータの方で消費電力を下げてほしいと、U.Tさんにお願いしました」(I.H)。
ところが、U.Tは最初、首を縦に振らなかった。「すでにこの段階で、無駄な動きを極力削ぎ落として、消費電力を下げる努力をしていました。これ以上に下げると、コンピュータの仕事ができなくなるのが見えていたので、できないと判断しました」。
しかし、I.Hは引き下がらない。この課題を乗り越えなければ、多くのお客さまにストレスなく使っていただける機種にならないと思ったからだ。そこで「コンピュータの心臓部であるCPUの動作クロックを半分にしてほしい」と再三、U.Tに要請。そのうちに、「トライしてみる価値はあるのではないか」と、U.Tの心が動いた。「相当な無茶ぶりですが(苦笑)、試行錯誤しながら内部の構造を工夫していくことで、動作クロックを低下させ、かつ無線機の性能を毀損しないものにすることができました。結果的にはトライしてよかったと思っています」。
消費電力の問題がクリアできた瞬間、I.Hは思った。「やればできるんじゃないかと。U.Tさんがどれくらい苦労したかはわからないんですが(苦笑)。開発のプロセスにおいて安全牌ばかり選んでいると、技術のブレークスルーはできないというのも改めて実感しました」。
さらにU.Tは、もともと異なるカテゴリの製品であるIP無線機と簡易無線機、両方同時に受信/送信を行うデュアルモードを実現することにも苦労していた。「単純に同時に使えるようにするだけでなく、いかに違和感なくスムーズに切り替えられるよう操作、表現を実現するか、機種担当をはじめ関係者と相談しながら詰めていきました」。
その頃、O.Mはアンテナの選定に難航していた。「簡易無線機のアンテナは従来の機種と同様、筐体の外に付ける形なんですが、今回は登録局、免許局、どちらの帯域でも使用できるデュアルバンドのアンテナを付けることに。ところが1本のアンテナにまとめて、登録局、免許局、両方の特性が取れるものがなかなか見つからない。期限が迫る中、メーカーにデュアルバンドのアンテナをつくってもらっては特性を見て検討し、ようやく採用にこぎつけた時はホッとしました」。
04開発プロジェクトで得た経験を生かし、
より高性能かつ高い操作性を実現したハイブリッド機を
構想開始から1年半というごく短かい開発期間で1次試作、2次試作へと進み、工場への移管作業を終えると、いよいよ量産へ。初めての出荷の知らせを聞いた時、I.Hは、やり遂げたという実感を噛み締めていた。「いつも思うのですが、開発は壁が高ければ高いほど面白いし、やり遂げた時の達成感が大きい。今回も壁は高かったですが、そこにやりがいを覚えながら取り組みました」。
ともに高い壁を乗り越えたU.Tも言う。「今回は相当難しかったので、やり切ったなという思いが込み上げました」。
初めて新機種の開発に携わったO.Mは2人とは異なる感慨を覚えていた。「開発業務の1から10までを学ぶことができ、技術知識も格段に身につきました。今回の経験をぜひ次のプロジェクトに生かしていきたいと思っています」。
3人はすでに『IP700』の次の展開も視野に入れはじめている。
「さらなる省電力化を考えていて、ここでは言えませんが(笑)、頭の中にはできあがっています。それを実行するのみです」(I.H)。
「より小型化を目指していくのが、今後の『IP700』の展望かなと思います」(O.M)。
「より操作性をシンプルにして、いろんな人に使ってもらえるような製品にしたい」(U.T)。
いまはまだ世の中にない。しかし、確実に求めているお客さまがいる。アイコムのそんなものづくりに終わりはない。